Aimelie Borthayre
1 エスティニアンには、物の価値をよく理解せぬまま、後先考えずに金を遣ってしまうところがあった。これまで星海で半身浴をする代わりに足元から報奨金が湯水のように湧いていた。それゆえ、金の有無などは全く気に留めたことが無かった。戦いばかりの日々…
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春、遠からじ
傍らの床が、こっそりと泣いた。エスティニアンはまどろみながら、耳をそば立てる。金属が床を打つような音が、足元を通って離れてゆく。 金具が擦れて短く吸い込んだような叫び声がしたかと思うと、そっと這入ってきた風が、エスティニアンの鼻先を柔らか…
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或る男の幸福
アイメリクは着ぐるみの胴を抱え上げ、抱きしめた。丸いドームのように膨れた腹周りに腕を回しているのはこちらの方だが、まるで自分がゾウの方に包み込まれているかのような幸福感が全身に拡がり、心がするするとほどけてゆく。アイメリクは細く長いため息…
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短文習作
🖊️わかれ 夜が高らかに明けてしまっては、私とお前は、わかれてしまう。その身体では再び夜が来て巡りあうだろうが、私の心は千切れそうだった。 我が友は邪竜ニーズヘッグとの死闘を乗り越えて奇跡的に生還したが、神殿騎士団病院での彼の容態はなかなか…
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色のない世界
雪が、雪が、はらはら降る。 遥かな星海に引き寄せられ、舞い、踊り、積もりゆく。 真っ赤に染まった雪原の遠くで、アイメリクは、雪を掻いていた。奴は血の気を失った顔で、たったひとりで赤い雪を掻き分けていた。惨いことに、掻いても掻…
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禁猟区
ここは、彼の心の中なのだ、と思った。私はとうとう、入れるはずのないところへ、足を踏み入れてしまった。彼への憧れと、焦がれを抱いたまま。 どういう流れでエスティニアンの家へ行くことになったのか、記憶は酔った頭と吹き荒ぶ雪に掻き…
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君に会う前に
重要な刻の前には、私邸に戻る。アイメリクはそう決めていた。 ボーレル邸の自室にて、化粧台の前に腰を下ろす。この化粧台は、生前、養母が使っていたもので、母が亡くなってからは自室に運び入れた。社交の場を訪れる時には、母は決まってこの化粧台を使…
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前略、草々
エスティニアンは、薄目を開けた朝陽に横顔を照らされながら、潮風亭の客席の隅で墨を磨る。それは、いつもの帳簿をつけるためではない。珍しく彼は、自分自身のために墨を磨っていた。 硯の陸に一ギル硬貨の大きさくらいの水を落とす。その水を、真っ黒な…
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ハルオーネの道行き
『ハルオーネの道行き』。夜空に青緑色のヴェールが架かる現象をして、誰かがつけた名が仲間内で広まり、あれはそう呼ばれている。 第七霊災後から現れるようになったそれは、次の観測条件を満たす必要がある。「快晴の日の夜、雲一つない夜空」。雪に鎖さ…
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多弁なるかな
各国盟主が初めてラヴィリンソスを訪れた時のことだ。最後尾にいたメルウィブ殿は、ふと振り返った私の目の前で、一つだけ、禁忌を犯した。セントラル・サーキットのロジスティコン・ガンマ付近で、先導を務めた哲学者議会の案内人が我々に背を向けているの…
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