自宅の書斎にて、アイメリクは肘杖をついて、とろとろと眠る。
久々に訪れた休暇だった。前日は、まだ陽の暮れぬうちから帰れ、帰れとルキアから言われ、今朝は落ち着かず神殿騎士団本部に顔を出してみれば、休め、休めとアンドゥルーから言われ、追い返されてしまった。
いざ休んではみたものの、仕事詰めの日々の合間では、何をすれば良いかがわからない。執事たちから読書を勧められ、仕方無く本を開いてみた。
存外疲れていたのか、椅子に深く腰掛け数頁読み進めただけで、すぐに眠気に抱かれてしまった。開け放した小窓から柔らかな風がそよぎ、開いたままの本が風と踊って、ぱらぱら、ぱら、と捲れてゆく。
小窓の端で、コト、と音がした。
「?」
微睡から覚め、音のした方を見ると、そこには両手で包み込める程の小さな木箱がちょこんと置かれていた。
「いつもありがとう」
窓辺に向かい、声を掛けた。そして木箱を手に取る。差出人が書かれていないか探すも、予想通り、やはり見当たらなかった。
名もなき旅人からの手紙が、貴族院議長就任後から時々、配達士モーグリたちによって届けられるようになった。最初の手紙には、ヘンルーダ——これが何であるのか現代の図鑑には載っておらず、何百年も前の書物をひっくり返してようやく辛うじて名前だけを知ることができた。今は栞代わりに本に挟んである——が一輪。いつも文は添えられておらず、皇都内では入手できない、何処かを旅して採ってきたであろう物がそっと入っている。
木箱を開くと、赤子が手を開いたような色形をした、小さな貝殻が入っていた。真ん中はぐるぐると渦を巻いている。イシュガルドでは、貝類を見ることそのものが非常に珍しい。手にとってしげしげと眺める。
鼻を近づけてみると、貝殻の中からほんのりと塩のような香りが漂ってきた。塩に似てはいるものの、何だか生き物らしい匂いがした。この貝が在るところに行けば、同じ香りが私の身を包んでくれるのだろうか。生まれてこの方ほとんど旅をしたことがなく、大人になって会談の機会にやっと海を見たアイメリクにとっては、この貝殻は宝のように感じられた。
アイメリクは、名もなき旅人の歩みに思いを馳せ、目を閉じてみる。思い出のリムサ・ロミンサの香りとはまた違った香りのような気がする。ということは旅人は、エオルゼアを発って、さらに遠くへ行ってしまったのだろう。かの旅人は、己が役目を見つけるまでは、きっと風吹くままに旅を続けるのだろう。——
「珍しい貝殻ですな」
食事の席にまで貝殻を持ってきてしまったアイメリクに、給仕の老執事が目を細める。
「耳に、当ててみられましたかな?」
「いや……?」
老執事は貝殻の口を指差すと、にっこり笑って左掌をこんもりと膨らませ、左耳を覆った。見様見真似でアイメリクも、貝殻の口を耳に当ててみる。
「何だ、この音は……?」
ざあざあ、ざぶざぶ、ごおごお。
ざあざあ、ざぶざぶ、ごおごお。
力強く、かつ透き通るようなたくさんの音が、貝殻の奥から溢れている。アイメリクは驚いて、目をしばたかせた。
「それは、波の音なのだそうですよ。」
「波の音……」
打ち付ける波飛沫。寄せては返す、波のうねり。貝殻から溢れる音は確かに、波の音そのものであった。何と生き生きとした音だろう。何と澄んだ音だろう。生の鼓動と、味わったことのない懐かしさを覚える。この貝殻は、アイメリクの宝そのものになった。
その夜アイメリクは、貝殻を耳に宛てたまま、深い深い眠りへと落ちた。記憶の中の旅人と共に、海に抱かれて。——
ざあざあ、ざぶざぶ、ごおごお。
ざあざあ、ざぶざぶ、ごおごお。
