その日は一日大雨で、アイメリクは外出を嫌がった。
イシュガルドの雨は苦い記憶を想起させる、特に夜は出掛けたくないと言うので、俺達は飲み屋に行く予定を取り止めた。心の傷は、そう簡単には消えやしない。ヤツも、俺も、同じだった。
保管されていた上等なワインを、酒がないからという理由で贅沢に開け、チーズの切れ端をつまんだ。持ち込んだラザハンの果実酒もあり、幸い家で飲むのに困りはしなかった。俺はアイメリクに、旅の話を聞かせた。
嘘か真か世にも珍しい宝の地図が得られたから、本物なら探検して、宝はラザハンに提供してやろうと思っていたこと、その最奥でヴリトラに会い、アジュダヤが第十三世界から帰還せぬまま行方がわからなくなっており、ヴリトラがもう何千年も姉を探し続けていると知ったこと、暁の魔女が大活躍で、難しいことはわからんがあらゆる理論の応用と開発を行って突破口が開けたこと。ここ一年以上の出来事を一日で語り切れるはずもなく、俺はイシュガルドへの滞在を決めた。
アイメリクに話して一度整理しておこうとハッキリ思えたのは、考えてみれば初めてだった。天の果てから帰還したときはすぐにラザハンに呼ばれたから、アイメリクとは手紙のやりとりしか行わなかった。こうして旅の話をゆっくりと話すのは、初めてかも知れない。だがいざ話し始めてみると、何が先だったか、なぜ俺がそう考えたのか、皆がどういう経緯でその決断に至ったかなど、整理すべきことが多くて困った。これまで、相棒が方々へつらつらと報告するのを当たり前のように聴いていたが、相棒も事を整理しながら懸命に話していたのだとわかって驚いた。
相棒ならこの旅をどう話すのだろうか。ふと、相棒の横顔が頭をよぎる。相棒なら、もっと興味を引く話し方で、相手を惹きつけるに違いない。話し下手な自分に嫌気が差したが、アイメリクはというと、俺の話に目を丸くしたり険しくしたり、「ああ、息を止めてしまっていた」と胸を抑えて深呼吸したりと忙しくしながら、微笑みを浮かべて、旅を見守るように聴いてくれていた。それがなんだか救いとなって、俺は、俺なりに聴いて、感じて、考えたことを精一杯アイメリクに伝えることにした。
第十三世界の月は赤茶けていて暗く、死に際の冷たさを感じたこと、ゼロという人物の価値観が旅の中で大きく変容していったこと、ゼロに稽古をつけてやったこと。それを話すと、「私も稽古をつけてもらいたい」と、アイメリクが羨ましがった。剣は専門外だが、明日、ファルコンネストに足を運ぶことになった。アイメリクの稽古を見てやるなんて、いつぶりだろうか。剣と槍では鎌と違って戦い方が大きく異なる。だが、どこかで分かり合えることがあるといい。
ゴルベーザは憎むなどといった対象でなく、ヤツもまたアシエンの被害者であった。アシエンの介入について話すと、アイメリクは「やはりか、」と呟いて手で額を覆い、ため息をついた。俺たちもまた、知らず知らずのうちにアシエンに翻弄され、教皇と蒼天騎士団の壮大な策によって大事な仲間を失った。しかし、教皇らとゴルベーザでは、規模も犯した罪の大きさも代償も、比べものにならなかった。世のためと振るった力で世界が滅びるなど、誰が想像しただろう。ゴルベーザの話の途中で、俺たちは何度も沈黙した。
沈黙から顔を上げ、気がつくと、雨音は小さくなっていた。アイメリクがあくびをし始め、俺は話を中断した。カップに手を伸ばし、喉を潤す。出された紅茶は冷たくなっていて、カップの底にバーチシロップが沈んで固まっていた。このくらいのかすかな甘さがちょうどいい。出されてすぐは、甘すぎて飲める代物ではなかった。
話すのを止めると、たちまち大あくびが溢れ出る。気の昂りも感じるが、同じくらい眠気もやってきた。
ソファーに身体を預けると、たちまち背中や尻が喜んで沈み込んでいった。俺はソファーにもたれ、辺りをぐるりと見回した。
見渡す限り、青と金。俺でも、調度品の輝きを見ればその価値は察するものがある。好みの色に囲まれた家に、ヤツは効率がよくないとか時間がもったいないとか帰る体力まで残しておけないとか言って、昔から帰ろうとしなかった。仮眠室と執務室の往復は、さぞ都合がよかったことだろう。総長職は、なんだかんだで楽しんでやっていた。議長職も、嘆きながらもなんだかんだで楽しんでやっているはずだ。
そんなヤツは熱中すると向こう見ずになるきらいがあり、帰れだの休めだのと言うのはいつも俺の役目だった。今は、誰がそれを言っているのだろう。アンドゥルーやフォルタン家の若い当主様なんかが、言ってくれているとよいのだが。
ちびちびとワインを飲みながら、俺は雨音に耳を傾けた。雨はしとしとと降り続き、風が吹けば窓辺を濡らして滴り落ちる。
アイメリクは疲れた身体に酔いが回り、肘置きに頬杖をついてうたた寝だ。ラザハンの強烈な果実酒を呷ったせいだろう、普段よりもずっと酔うのが早かった。
「アイメリク、ベッドに移るぞ」
「ん……?」
「ベッドに行けよ。ソファーは借りるぞ」
「あぁ……」
アイメリクはふらふらと席を立って、子どものように目をこすりながら寝室へ向かった。暖炉に頭を突っ込みそうなほどよろめいているではないか。アイメリクも眠気や酔いに溺れることを覚え、少し人間らしくなってきた。以前は働けるだけ働いて、気絶するように一瞬で眠っていた。その姿が不気味なのだと、身内ではよく話題に上がっていたのを思い出す。
応接間の灯りを消して周り、寝室を覗いて、アイメリクがベッドに潜ったのを確認した。少しいたずらをしてやろうと、俺はアイメリクに声をかけた。
「じゃあな、アイメリク。また二年後」
アイメリクの目がハッと開いて、起き上がったかと思うとおろおろとうろたえている。
「ま、待ってくれ。待ってくれ、行くならせめて、いくらか土産をもって行け、すぐに用意するから」「冗談だ」
「冗談だ……? 悪い冗談は止してくれ……!」
「明日、ファルコンネストで稽古をつけてやると約束しただろう。気付いてくれ」
「気付くものか! お前というヤツは本当に……!」
俺がハハハと笑うのを睨み、私の気も知らないでと恨めしそうに呟いて、アイメリクはベッドに潜った。
「お前は? どこで眠る?」
「ソファー。借りるぞ」
アイメリクがベッドをぽんぽん、と叩いた。
「寝物語を。月竜アジュダヤの話がいい」
「暖炉を消してくる」
寝室を一度閉め、廊下に出た。雨の日とはいえ、さすがイシュガルドはしんしんと冷えていた。年中温暖なラザハンとは大違いだ。暖炉の炎で温まった部屋と廊下の寒さの差は、風邪を引いてしまいそうなほどだった。暖炉に灰をたっぷりとかけ、冷たさがここぞとばかりに侵食し始めた応接間を後にした。
アイメリクと共寝など、これもいつぶりだろう。あまりにも間が開きすぎると、初めてと変わらない勝手の悪さを感じるものだ。ヤツは俺を求めるだろうか。それとも、あの様子だと、すぐ眠るだろうか。期待をしているわけではないが、アイメリクに求められたらどう応えようかと、頭の端で考え始めた。
後ろ手で寝室の扉を閉め、ブーツを脱いで、アイメリクの隣に潜り込んだ。ヤツの体温でベッドはすっかり温まっていて、俺の眠気はますます強くなってきた。
俺のすぐ隣で、俺と手を触れ合わせてアイメリクが眠る。サヴォンの香りがふわりと漂い、良い心地だ。
「アジュダヤの話だったな。アジュダヤは、ヴリトラの姉にあたる。卵から孵るのが最も遅かったヴリトラを兄姉竜の誰よりも気にかけ、母代わりのようにして面倒をみていたそうだ。ヴリトラと仲睦まじく夜空を駆け、満天の星空を眺めて、あれがヒトの言う月と星かと呼び名の由来を追ったと聞く。アジュダヤは噂に違わず聡明で、慈悲深い竜だ。望郷の想いや、弟への愛を忘れてはいなかった」
アイメリクは頷いたが、かたく目を閉じて、寝息を立てていた。身体を求めるために俺をベッドに呼んだ訳ではないようだった。
「だがそいつは、冷たく暗い闇に融け、強大なゼロムスとして俺たちの前に立ちはだかった。ヴリトラの絶望的な顔は、竜詩戦争のときによく見たそれに似ていてな。色々と、思い出さずにはいられなかった……」
寝息が大きくなってきて、アイメリクの表情が和らいできた。
ああ、眠っている。安心だ。暖炉の薪木は充分だった。俺は、アイメリクの隣で目を閉じた。続きは明日に聴かせてやろう。いや、俺がまだまだ話し足りないのだ。あと少し話をしてから、ファルコンネストへ行こう。アイメリクに稽古をつけられるヤツなど、イシュガルドにはそういまい。少しは俺が役に立つといい。いや、明日のことはまた明日考えよう。今日は疲れた、とにかく休もう。
「エスティニアン、」
「……呼んだか」
気が付いて薄目を開けると、唇に冷えた熱が一つ、降ってきた。
「明日の朝食は、ウォルナットブレッド、フライドエッグ、スモークドラプトル……」
「ブレッドを二切れ、卵を三つ」
「ふふ。トマトは?」
「一切れ」
「了解だ。おやすみ」
また、冷えた熱が降ってきた。今度は額に降ったそれは、少し温かくなっていた。
あれだけ雨が降ったのだ。明日はきっと、よく晴れるだろう。
[Fin.]
