大切な話はベッドで囁く

 ベッドサイドに置かれたルームランプの足下に、淡い光を浴びてつやめく小箱があった。情を交わす最中、友の脚を担いだときに掌よりもずっと小さなそれが視界に入り、エスティニアンはかすかに疑問を抱いた。

 汗がすべてシーツに吸われ、熱が引いてきたころ、「エスティニアン、左手を」エスティニアンは掌を天に向けて、隣で身体を横たえるアイメリクに差し出した。
 微笑みをたたえたアイメリクは、エスティニアンの掌を撫で、己の頬にひたりとあてた。
「やはり、この手が愛おしい」
 アイメリクの頬はいまだ熱く、エスティニアンの手はずっと冷たかった。なるほど、火照りをさますのに俺の手はうってつけだろう。そう思い、エスティニアンはアイメリクにそのまま左手を委ねた。
エスティニアンの手には、いろんな匂いが張り付いているという。潮に似た体液の匂い、鼻の奥に粘りつくような油の匂い、アイメリクの香水の柔らかな匂い、といったところだろうか。アイメリクはそれらに鼻を寄せ、私を愛した軌跡だと言った。
 左手を遊ばせていると、アイメリクはエスティニアンの掌を裏に返し、まるで舞踏会の淑女にするかのようにエスティニアンの指を掬った。
 何の真似だ。そう問おうと顔を上げたが、エスティニアンはすぐに口をつぐんだ。アイメリクの瞳に暗い哀しみの色が映っていたからだ。そのような眼をさせているのは他でもない自分自身だと、エスティニアンでも多少の申し訳なさを感じるほど理解していた。
「エスティニアン」
 哀しみを湛えたアイメリクの瞳に小さな光が差した。身体を起こしたアイメリクの腕越しに、あのつやめく小箱が見えた。
「これをお前に贈りたい」
 エスティニアンは身体を横たえたまま、アイメリクを見上げた。アイメリクの手の中で小箱が開かれ、何か小さいものが取り出された。アイメリクの指の間でそれは目覚め、かすかにきらめく。アクセサリーの類だろうか。されるがままに左手を貸していると、薬指に、何かが侵入してきた。
 いや、薬指が、何かに侵入したと言うべきだろうか。薬指の付け根に、細くて冷たい、吸い付くような違和感がまとわりついた。
「アイメリク、コイツは……」
 指輪だ。この指輪は何だ。
「十二神大聖堂はわかるか、エスティニアン」
「ああ、知ってはいるが……」
アイメリクの真意を図りかね、エスティニアンは戸惑ったまま、アイメリクと指輪を交互に見上げる。アイメリクは、安心してくれと言わんばかりにエスティニアンの頬を慈しみ、しかし眉間に皺を寄せた。
「その指輪を携え、エオルゼア諸国へ旅に出ないか。十二神の秘石を巡る旅だ。旅の最後には、十二神大聖堂に立ち寄ろう」
「目的は何だ? なぜ指輪が要る?」持ち上げられたエスティニアンの指先に、アイメリクの唇が触れた。「十二神全てを巡るのだから、文字通り巡礼の旅だよ。その指輪は、十二神の祝福を受けとめる機構だ」
 アイメリクの瞼が下りる。彼は何かを隠すとき、目の泳ぎを悟られまいと目を伏せるのだ。アイメリクは、何かを隠している。エスティニアンにはそれが何だかわからなかったが、もっと大きな欲を腹に宿しているように思えてならなかった。そういう印象を抱いたのは、彼の癖だけでなく、ハルオーネを信ずるアイメリクが国外へ巡礼に行く姿が想像できなかったからかもしれない。エスティニアンは、口を開いた。
「旅は構わんが……なぜ巡礼をする。聖レマノー大聖堂の週末ミサでは不足か? 話が急じゃないか……」
 エスティニアンは粘り、訝しむ。その姿を見て、アイメリクはとうとう観念したように笑い出した。ベッドに倒れ込んで埋もれ、ひとしきり笑ったのち、「あーあ」と諦めの声を上げた。
「そうか、なるほど、お前は知らないのだな」
 アイメリクは自身を嘲るように鼻先で笑い、改めて上体を起こした。足元に投げ捨てたくしゃくしゃのガウンを羽織る。エスティニアンも、アイメリクから飛んできたガウンを羽織った。ベッドの縁に腰を下ろす。アイメリクは、「だいじな話だ」と声を低くした。
「エスティニアン……お前がイシュガルドを離れてから、よくわかったよ。お前という存在が、私にとってどれほどかけがえのないものであったか……。
 この指輪はな、秘石を全て巡り、十二神大聖堂で久遠の絆を誓い合って神々より祝福を受けると、互いの元へいつでも飛んでゆける標となるのだ。私は、お前を失うのが怖い。旅先でお前が危険に晒されたとき、私には何もできないのだろうか。私はすぐにお前の元へ飛んでゆき、お前の力になりたい。あるいはお前が指輪を使い、私の元へ還って危機を逃れるといい。
 どうだ、エスティニアン……旅を続けるお前と、故郷を守る私。今の我々にとって、この指輪を完成させることは非常に有益だとは思わないか? もちろん、未完成のままでも構わん。お守り代わりに、鎧を入れる麻袋の底に沈めておけ」
 アイメリクが必死に言葉を紡いでいるのはわかった。だがアイメリクときたら、目は逸らし、口元を覆い、なおも本心を隠そうと必死になっているように見える。アイメリクが言いたいことはおおよそ察しがついているのに待つのは、あまり得意ではない。エスティニアンは、痺れを切らして口を開いた。
「指輪が必要だから、久遠の絆を誓うのか?」
「そ、れは……」
「お前が普段物を言うときは、鎧を何枚も着込んでいるからな。ガウン一枚じゃあ、ろくに胸も張れんだろう。お前の意気地のない台詞も、納得だ」
「何を……!」
「なら、言えるんだな? お前と形ある関係になりたい、そのための証として指輪を完成させたいと。言えるんだろう?」
 詰められたアイメリクは顔を真っ赤にして、怒り混じりの羞恥で身体を震わせた。
 両肩に強い痛み。アイメリクに掴まれている。たった一瞬で視界がぐらつき、エスティニアンの目に天井の壁紙が映る。何が起こった。続いて、眉間にたっぷりと皺の寄ったアイメリクがこちらを見下ろした。
「お前を、私だけのものにしたい。……ああ、これだけは言いたくなかった。私が言うまいと堪えていた言葉を、お前は言わせたのだぞ。私は、お前の自由を奪うようで心苦しかったから、救出手段を確保するために指輪を使え・そのために指輪を完成させようと言ったのだ」
 アイメリクは、今にも泣きそうな子どものような顔をしていた。胸の奥がちくりと痛んだ。アイメリクの瞳から、あらゆる言葉がなだれ込んでくる。愛している。お前を大切にしたい。お前が自由に羽ばたくさまが好きだ。この先もずっとそうあってほしい。アイメリクがエスティニアンの頬に触れ、エスティニアンは、抵抗しなかった。
「エスティニアンは優しい。これからも旅先で、分け隔てなく力を貸すだろう。その大きな瞳は恵まれぬ子らに開かれ、世界ごと皆を救うのだろう。私はお前をイシュガルドに繋ぎ止めておきたいが、お前という存在を独占することは、世界の方が許すまい。
 だが、もし……もし許されるのなら……神々の御前で愛を誓って、お前と永久に結ばれたい。この指輪を見るたび、私の愛を、生きていてくれと願う祈りを、思い出してほしい。いや……加えて、正直に言おう。お前がもし誰か一人に永遠の愛を注ごうというのなら、その相手は私であってくれると嬉しい。お前を独占することなど……」
「わかった、わかった。もう、止めてくれ。出立はいつだ。明日で良いか?」
 アイメリクの首を、両腕で抱いた。予想の何倍もの言葉を受け取って、もう溺れそうだ。
 恥ずかしい。エスティニアンは最初に、そう思った。恥ずかしいヤツだ。これ以上聞いていられるか。だが、微かな喜びが、続いてやってきた。アイメリクが汗を滲ませながら、エスティニアンに向けて懸命に紡いだ言葉だ。嬉しくないはずがない。
 エスティニアンが首に回した手を、アイメリクは何と受け取っただろうか。ガウン越しに、アイメリクの体温の高さがエスティニアンの腕へと伝わる。その温もりに、瞼が重くなってゆく。
「私と、十二神の秘石を訪ねてくれるのか?」
「ああ、構わん。出立は明日でいいんだな?」
「いや、すまない。了承されるとは思わず……七日ほど休みを取る可能性があるとは、伝えてあるのだが……。三日、待ってくれ。旅支度もまだできていない。良ければ、支度を手伝ってはもらえないだろうか」
 アイメリクの頭を引き寄せ、返事代わりに唇を重ねた。
「路銀と、鎧一式。使い慣れた武器。服が何枚か。履き慣れた、徒歩に適した靴。とりあえず、このくらいか。後は俺が持っているもので事足りるだろう。夜が明けたら準備に取り掛かるぞ」
「嬉しいよ、ああ、眠れるだろうか。気分が高揚しているよ」
 ハッとした。こんなにも素直に大喜びをするアイメリクを見たのは、いつぶりだろうか。相棒が竜詩戦争に加勢すると決まったときか、総長就任後、初めて会ったときか。いや、蒼の竜騎士の座に就いたときか、それよりもずっと前かもしれない。では普段は、アイメリクにどんな顔をさせていたのだろう。その顔をさせた原因が、俺にもあっただろう。アイメリクに対する罪悪感が、エスティニアンの胸を侵食した。

 アイメリクがやはり眠れぬと言うので、土産の酒をもう一本開けた。酒精が濃いのか、あっという間に視界がぐらついた。
 そして、ベッドに移り、ガウンを脱いだ。酔いが回って勃たなくなった一物を、適当に擦り合わせて戯れた。
 口付けの途中で、エスティニアンが鼻で息を吐いた。酒精の香りがしたらしく、酔っぱらいの痴態だと、アイメリクが鈴を転がしたように笑った。